人生のびぼー録

ドイツでサッカーやってました。今は特別支援学校で働いています。

群れない人

 

学生の頃、同じコミュニティで群れない友達がいた。

理由を聞くと、同じ人とずっと一緒にいたら、考え方が偏るからだそうだ。

自分にはない考えで驚いたのを憶えている。

 


今僕は学校で働いている。

この間、お寺のお坊さんと食事する機会があった。


無宗教の僕でも本当に面白いと思える話ばかりだった。あの人の言っていたことが少しだけ分かった気がした。

 


彼が修業をしてきたお寺では、「座禅」をする上で大事にされている考え方がある。

一つは「求めない」という心構え。

一つは「我を削ぎ落とす」感覚。


なぜ求めない、我を削ぎ落とすことが大切なのか、こう教えてくれた。

 

求めるということは、不確実なものを欲するため、手にできなければ苦しみ、手にしたとしてもそれを失わないようにしようとまた苦しむ。

だったら、あれこれと求めずに今ある状態に感謝して生きるほうがいいのでは?

我を落とすということは、「自分が」という思いこそが欲望を生むからだと思います。

 

求めない、我を削ぎ落とすと言われても、

個性や自分らしさが求められる今の世の中で、どうしてもその部分では欲が出る。そこの折り合いをどうつければいいのかわからなかった。

その疑問を彼にぶつけると、こう教えてくれた。

 

自分という存在をはじめ、あらゆるものが絶対的でないからこそ、このように存在して関わり合ってることがとてもありがたいものだと受け取って感謝して、そして、関わり合ってる他のために生きていこうっていうのが仏の生き方だと思います。

 

満たされないっていうのは、求めてるってことで、求めてるってことは、感謝できていないのかな。

自分なりの解釈。そしてまさにここ最近の自分のことです。反省…。

 

かなり前置きが長くなりましたが、要するに自分と違う業界の友達も大事だなと感じた話でした。

 

まぁでも僕はそもそも友達が少ないので

みんな大事な友達なんですけどね。

 

ではまた。Tschüss!

コロナくるな

 

ある先生が言っていた。

「担任は子どもたちの大事な1年間を預かる。

その1年間で、子どもたちにどんなことをプレゼントできるかを考えるべきだ」と。

 

そのために自分なら、体育教師として生徒に少しでも、体を動かすことが楽しいと思ってもらえるような授業を考える。

 

 

またある先生は言った。

「教師がみんな似たような授業や指導しかできないなら、みんな似たような生徒になってしまうんじゃないかな」

 

生徒にも多様性が求められるように、教師にも多様性が求められる。

「が、どんな授業やアプローチをしようが、それを見て良いと思う人がいれば、悪いと思う人もいる。どんなことをしてもとやかく言われる。

だから自分が正しいと思うことをやらなくちゃいけない。」とまた別の先生が言っていた。

 

だから学び続けなきゃいけない。

 

ペーペーの自分には、質より量が必要なのはわかってる。場数を踏むのが何より大事だし、関係する本や雑誌も読むようにしている。(関係ない本や雑誌も見る。めちゃくちゃ見る。)

 

でも質も高められるなら高めたい。

 

 

一流は"本場"で(から)学ぶ。

サッカーならヨーロッパや南米。

じゃあ教育なら?ましてや特別支援教育なら?

 

そんなの、なんて検索したら出てくるんですかね。

 

 

話は変わりますが、この業界に来て早1年が経ちました。コロナの影響で別れが早まりましたが、子どもたちに与えるどころか、与えられてばかりの1年でした。

 

…なにが言いたいかというと、

もっと強くなりたいということです。

精進します。

ではまた。Tschüss!

茸呼ばわりはひどすぎる

 

今更ながら星の王子さまを読んだ。

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親友から勧められ読んだのだが

こんなに難しい本だとは思わなかった。

同時に長く読まれ続ける理由もわかった。

 

 

 

こんな場面がある。

「その男は花の匂いなんてかいだこともないし、星を眺めたこともない。一日中きみみたいに、おれは大まじめだ、といいながらそれを自慢している。そんなの人間じゃない。茸だよ。」

 

「ぼくが五十三分という時間を好きなように使えるなら、どこかの泉までゆっくりと歩いていくのに…」

 

最近、そんな時間の使い方できたかな?

暇なのも嫌だけど、忙しい忙しいって余裕がないのはもっと嫌だ。

そんなの仕事ができる人が言うセリフだけど、希望をぼやくぐらいはさせてほしい。

 

 

まずはこの不毛なブログを更新して

余裕があるフリがあるところから始めてみる。

 

 

 

連投失礼しました。

ではまた。Tschüss!

エジプト帰りの後輩

 

最近妙に気疲れする。

大学の後輩との久々の電話で気づかされた。

彼は少し前までエジプトに旅をしていた。

「あいつら、人と比べるなんてことが全く頭にない感じで、ずっとニコニコ笑ってるんすよ〜」

 

 

それを聞いて、最近の気疲れの原因がわかった。テレビやらSNSやらで"他人"について知り、無意識のうちに比べることが多かったからだった。

 

いい後輩をもったもんだ。

タメ口きいてくるけど(笑)

 

ヒトは自分が幸せになるほど、周囲との比較に関心を持たなくなる。他人と比較しなくても幸せを感じることができるし、自分の人生に満足し、それに熱中しているから、他人の人生が気にならなくなるのだ。他人と比べることなく、自分の人生を生きることが本当の幸せなのだ。

 

メンタリストのDaiGoさんも言っている。

ひろむ、お互い自分だけの人生を生きよう。

 

ではまた。Tschüss!

俺の旗

 

「自分はこんなことができる」「こんなことがしたい」という旗をずっと掲げておくことが大事なんですよ。

ナオトインティライミがこんなことを言っていたと、去年の8月のブログで書いた。

 

「自分にできること」の旗なんて未だに持ち合わせていないが、2020年という節目を迎え、

「こんなことがしたい」という旗ぐらいは掲げておこうと思う。

 

 

結論から言うと、

「障害」×「サッカー」という方向性。

障害のある子どもにもっと上手にサッカーを教えられるようになりたい、ということ。

 


理由は3つ。

1つ目は、障害をもつ子どもたちにはサッカーに触れるチャンスが少ないと思ったから。

なぜなら、障害をもつ子どもたちは、そうでない子どもたちに比べ、スポーツクラブや習い事がしずらい環境にあると思うから。なおかつ、特別支援学校には、部活動がない学校が多い。(青森県では)


2つ目は、サッカーが大好きだから。

自分はサッカーを通じて、たくさんの経験をさせてもらったのに、障害をもつ子どもたちには先述の通り、そのチャンスが少ない。だから、こんなに面白いものがあるんだよって教えてあげてみたい。

 

3つ目は、体育の授業でやったサッカーの授業で絶望したから。

これだけ長いことやってきたサッカーを、特別支援学校で授業としてやったら撃沈した。あまりにショックすぎて、もっと学びたいと思った。

 


ニーズがなければただのお節介だし、そのために何ができるかもわからないが、旗だけは掲げておこうと思う。

 

とりあえずナオトインティライミさんの言う通りにしてみた。にしてもナオトインティライミって名前長すぎませんか(涙)

 

今年も良い年になりますように。

Tschüss!

天才ざまあみろ

 

教師にとって、生徒の幸せは願ってもないことですが、「幸せ」と「順風満帆」はイコールではないと思うのです。

 


なぜなら、始めから手持ちのポケモンがLv.100だとつまらないように、同じく、ひたすら平坦が続くスーパーマリオがつまらないように、困難を乗り越えることこそがゲーム(人生)の醍醐味であるからです。

 


そういう意味では、困難こそ幸せと言えるかもしれません。(ドMみたいですね)

ある意味、天才はかわいそうです(ひがみ)

 


困難を乗り越える術を与えることが教師の役割の1つとも言えそうです。

では困難を乗り越える術とは何を指すか。

何を困難と思うかは人それぞれなので一概には言えませんが、方法の1つとして私なら「読書」を挙げたいと思っています。

 

それは、実際に私が読書に何度も救われてきたからです。

しかしながら、現在私が働かせていただいている特別支援学校では本を読むことができない生徒がほとんどです。

 

ということで、

特別支援学校に通う生徒にも読書は大切だという前提で、

障害のある生徒にも読書を普及させるためにはどうすればいいか、どなたか教えてほしいです。

 


ご意見お待ちしています。

 

ではまた。

Tschüss!

ネタ帳は成功の鍵

 

10月は8冊の本に出会った。

暇と言われればそうなのかもしれない。

 

収穫があったと自負しているが、読んで終わりかよと誰かに思われたら癪なので、一旦アウトプットしておこうと思う。

と言ってもそのうち1冊だけ。

 

 

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1番刺さったのはナイツ塙宜之著、「言い訳」

著者に限らず、芸人さんのなにがすごいかって、とにかく笑いにストイックなところだ。

そもそも人を笑顔にしてお金を稼いでいることがすごいことだが、何よりお笑いは競争が激しい。何十年も日の目を見れなかったり、バイトで食いつなぎながら続けている人も多い。その中で売れていくには理由がある。

その理由がこの本でなんとなくわかった気がした。

 

ちなみに今も毎日、短めのネタをブログに書き続けています。2006年くらいから毎年365本書いているわけですから、すでに4500本ぐらい作っている計算になります。

 そうして、めちゃくちゃたくさんネタを書き、めちゃくちゃたくさん人前でネタをやっていると、いろんなことに気づくようになるんですね。それだけ量をこなしていたら、馬鹿でもウケるところとウケないところがわかってくるじゃないですか。嫌でも洗練されていきます。

 

…先輩方は、なかなか芽がでない若手に必ずと言っていいほどこうアドバイスします。とにかく一本でも多くのネタを書きなさい、と。その通りでした。

 

 

とても本質的だなと。

 

情熱もって、誇りもって仕事している人って

やっぱかっこいい。

情熱注げるものも、見つかるまでいろいろ試さないとわからない。

それが見つかったら、上手くいくまでいろいろ試す。

 

結局人生は実験(試すこと)の連続なんですね。

終着点がありきたりで我ながらがっかり(泣)

きっとアウトプット向いてない。

でもこれからもめげずに試していきます。

 

ではまた。

Tschüss!